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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)3250号 判決

原告

株式会社マルニ

右代表者

笠松一蔵

被告

松岡順三

被告

松岡伝次郎

被告

稻見義雄

右被告三名訴訟代理人

池田雄亮

高橋秀夫

石井文雄

被告

松岡かつ子

右訴訟代理人

荻津貞則

被告

諸角義明

右訴訟代理人

松永渉

大徳誠一

主文

一  被告松岡順三、同松岡伝次郎、同稻見義雄、同松岡かつ子は各自、原告に対し、金一〇〇〇万円を支払え。

二  原告の被告諸角義明に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を第一項掲記の被告らの負担とし、その一を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、金一〇〇〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、メリヤス類、繊維製品の卸商を営む株式会社である。

被告松岡順三、同松岡かつ子は、訴外松岡満株式会社(以下、訴外会社という。)の代表取締役であり、被告松岡伝次郎、同稻見義雄は取締役であり、同諸角義明は監査役であつた(いずれも昭和四六年七月二八日から後記訴外会社に対する破産宣告まで)。

2  原告は、訴外会社に対し、昭和四九年六月から昭和五三年四月まで、繊維製品を売渡し、昭和五〇年以降の販売額は、別表のとおりである。

訴外会社の原告に対する代金の支払は、現品引渡後一五〇日以内支払の約であり、振出日から満期まで平均一五〇日の手形の交付決済によりされていたが、昭和五二年一一月分から昭和五三年三月分までの代金支払のため訴外会社が振出した手形はいずれも不渡となり、昭和五三年四月分の代金は未払のままであり、訴外会社の原告に対する代金未払額は、訴外会社に対する破産宣告当時、一七一九万〇八七九円である。

3  訴外会社は、昭和五三年四月、負債合計約二〇億円をかかえ、支払不能のため破産の申立をし、同月一八日、破産宣告がされた。

4(一)  訴外会社は、資本金五〇〇〇万円の主として繊維製品の卸販売を業とする株式会社であるが、従前から被告順三を代表取締役とする松岡満運輸株式会社その他の関連会社に融通手形約三億三〇〇〇万円を含む六億六三〇〇万円の不良貸付をする等し、その販売実績は昭和四九年度以降好転せず、昭和五一年五月三一日の決算期において、同期の支払利息割引料一億三五三〇万六四七六円、交際費約一〇〇〇万円、昭和五二年五月三一日の決算期において、その累積欠損金は三億一二七五万五三五三円となつていた。それにもかかわらず、訴外会社は、同年六月一日から昭和五三年三月三一日までの間に約八億円の商品を原告を含む仕入先から仕入れ、うち約四億二〇〇〇万円を不払とした。

(二)  破産宣告当時の訴外会社の資産は、現金二万七六九七円、預金皆無、不動産として時価九四六万円の土地があるが極度額一七〇〇万円の根抵当権が設定されており、動産三二三五万円、売掛債権は一億五七六二万九七六二円であり、一方、届出破産債権額は二一億四八四九万六七二二円である。

(三)  被告松岡順三、同松岡かつ子は代表取締役として、被告松岡伝次郎、同稻見義雄は取締役として、訴外会社の経営に当たつていたが、右のような訴外会社の状態から、遅くとも昭和五二年五月三一日の決算期日には、仕入先への支払が早晩できなくなることを知つておりながら、又は重大な過失によりこれを知らないで、原告に対し、前年度の三倍もの注文を続け、同年一一月以降の代金の決済を不能ならしめ、原告に対し、未払代金一七一九万〇八七九円相当の損害を与えた。

(四)  被告諸角義明は、訴外会社の監査役として、右に述べた他の被告らの放慢経営を指摘是正すべきであるのに、その経理状態を知りながら、又は重大な過失によりこれを知らないで何らの措置をとらず、原告に右の損害を与えた。

5  よつて、原告は、被告らに対し、商法第二六六条の三(被告諸角につきなお同法第二八〇条)に基づき、被告らが連帯して、原告に対し、右損害金のうち一〇〇〇万円の支払をすることを求める。〈以下、事実省略〉

理由

第一被告松岡順三、同松岡伝次郎、同稻見義雄、同松岡かつ子に対する請求について

一請求の原因1中、被告松岡順三、同松岡かつ子が訴外会社の代表取締役であり、被告松岡伝次郎、同稻見義雄が訴外会社の取締役であることは当事者間に争いがなく、原告がメリヤス類、繊維製品の卸商を営む株式会社であることは、被告松岡かつ子を除くその余の右被告らとの間で争いがなく、被告松岡かつ子との関係においては、〈証拠〉により、これを認めることができる。

請求の原因2中、原告が訴外会社に繊維製品を売渡したこと、代金支払の約、代金未払額については、右当事者間に争いがなく、その余の事実は、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

請求の原因3中、訴外会社が破産宣告を受けたことは右当事者間に争いがなく、その余の事実は、被告松岡かつ子を除くその余の右被告らとの間で争いがなく、被告松岡かつ子との関係においては、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

請求の原因4(一)中、不良貸付であることを除くその余の事実は、被告松岡かつ子を除くその余の右被告らとの間に争いがなく、被告松岡かつ子との関係においては、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

請求の原因4(二)の事実は、被告松岡かつ子との間で前記のとおり成立が認められ、その余の右被告らの関係で成立に争いのない甲第一三号証により、これを認めることができる。

二以上の事実と〈証拠〉を総合すると、訴外会社は、資本金五〇〇〇万円の株式会社であり、繊維製品の卸売販売をその業務とするとともに、松岡満運輸、松岡満倉庫、松岡満交通、三興、サンコーマート、東幌整備工業、中央エアーゾール、城南陸送の各株式会社よりなる松岡満グループの総本社的役割を果たして来た会社であるが、昭和四五年一一月急逝した前代表取締役松岡満治が右の関連会社を設立経営するための資金を訴外会社で負担し、その資金を金融機関からの借入金でまかなつていた関係上、従前からその返済や利払に追われ、事業本来の繊維部門へも悪影響を与えていたこと、松岡満治死亡後、その弟である被告松岡順三及び満治の妻である被告松岡かつ子が昭和四六年一一月代表取締役に、満治及び順三の父である被告松岡伝次郎が、被告稻見義雄他数名の者と取締役に就任したが、被告かつ子、同伝次郎は名目的な取締役にすぎず、経営の実権は被告順三が握り、被告稻見は専務取締役として経理の全般を掌握していたこと、被告順三は、代表取締役に就任後、松岡満グループ内の不採算部門の整理縮少を図り、所有不動産を売却して運転資金に充当する等の処置を採つたが、訴外会社の経営内容は好転せず、昭和五〇年度ないし昭和五三年度(いずれも前年六月一日から当年五月三一日までを一年度とする。)の間、商品総売上高は逓減し、各期の損失金は増大し、昭和五二年五月三一日の決算期において、その累積欠損金は三億一二七五万五三五三円となつていたこと、その資金繰りのため関連グループ内で融通手形を発行し合い、その額は三億三〇〇〇万円に上り、また、借入金の支払利子は、昭和五〇年度一億五〇〇万円、昭和五一年度一億三五〇〇万円、昭和五二年度一億五〇〇〇万円と増大していたこと、これらの諸点から見て、訴外会社のみならずその傘下のグループの各企業が早晩倒産に到ることは遅くとも昭和五二年度の決算期である同年五月三一日ころには当然予測できたと認められるのに拘わらず、被告順三、被告稻見ら訴外会社の役員は、慢然関連グループの業績向上があれば何とか倒産に到らずにすむものと考え、抜本的な経営体質の改善を図ることなく、同年六月一日以後も従前どおりの経営を続け、昭和五三年四月まで約八億円の商品を仕入れたが、うち約四億三〇〇〇万円の支払は不能となつたこと、原告からの商品買掛額は、昭和五二年九月から昭和五三年四月までの間、前年までの平均月商額の三倍近い額であり、このうち昭和五二年一一月分の支払のために振出した昭和五三年四月一九日を満期とする手形を始めとしてそれ以降の月分の支払のために振出した各手形はすべて不渡となり、訴外会社が破産宣告を受けた当時原告に対して負担する債務額は一七一九万〇八七九円であつたこと、破産宣告後破産管財人の調査によると、破産財団を構成すべき訴外会社の資産は、届出破産債権額二一億四八四九万六七二二円に比し、極めて僅少であり、原告は、届出債権額の五パーセント約八五万円の第一次配当を受けたが、その後の配当を受けられる見込がないことが認められる。

三以上の事実によると、訴外会社の代表取締役であつた被告松岡順三、経理担当の取締役であつた被告稻見義雄は、その職務を行うにつき重大な過失があり、これがため、原告に対し、前記の買掛金債務のうち少くとも一六〇〇万円を支払不能として、同額の損害を与えたものと認められる。また、被告松岡かつ子は代表取締役に、同松岡伝次郎は取締役に就任したのであるから、会社に対し、業務執行の全般についてこれを監視し、必要があれば自ら取締役会を招集する等して業務の執行が適正に行れるようにするべき職責を有したに拘らず、また、被告順三との前記身分関係からして、業務の執行が適正に行れるよう助言すればその影響力は大きいと認められるに拘らず、何ら実質的にこのような行動をとらなかつたことが認められるから、被告かつ子、同伝次郎には、その職務を行うにつき重大な過失があつたというべきであり、前記の事実関係からすると、この過失と原告の右損害との間には相当因果関係があると認められる。

よつて、被告松岡順三、同松岡伝次郎、同稻見義雄、同松岡かつ子は、原告に対し、原告に生じた前記損害を連帯して賠償すべき義務があるといわなければならず、右損害のうち一〇〇〇万円の支払を右被告らに求める原告の本訴請求は理由がある。

第二被告諸角義明に対する請求について

一〈証拠〉によると、被告諸角が、昭和四六年七月二八日に訴外会社の株主総会において監査役に選任され、就任を承諾して監査役となり、以後重任され、訴外会社が破産宣告を受けた当時その職にあつたことが認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

二被告松岡順三、同稻見義雄各本人尋問の結果によると、被告諸角は単に名目上の監査役に過ぎず、監査役としての職務を何ら行つていなかつたことが認められるけれども、訴外会社の資本の額が五〇〇〇万円であることは前記認定のとおりであり、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律第二二条、第二五条の規定によると、資本の額が一億円以下の株式会社の監査役については、商法第二七四条、第二七五条、同条ノ二の規定の適用が排除されているから、被告諸角には、原告主張のようなその余の被告らの職務の執行を監査し、これを是正する措置をとるべき職務上の義務を負担していなかつたことが明らかであり、従つて、このような義務があることを前提にして、被告諸角に故意又は重大な過失があり、これによつて原告が損害を受けたことをいう原告の被告諸角に対する本訴請求は、右主張自体から失当であるといわなければならない。

第三結論

以上のとおりであるから、本訴請求中原告の被告諸角を除くその余の被告らに対する請求を認容し、被告諸角に対する請求を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(牧野利秋)

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